2011年8月6日土曜日

原水禁世界大会・福島大会に参加しました(7・31)

   去る7月31日、福島市で開催された原水禁世界大会・福島大会に参加してきました。お世話になっている福島市大波地区では避難勧奨地点指定の検討が始まり、今は土壌除染のお話ができる環境にありません。それでも、せめて1~2カ月に1回は福島を訪れたい、との思いから、行ってきました。
   私たちの主催した報告集会などでは、繰り返し強調してきたことですが、私たちの会は、そもそも反原発・脱原発を目的にした集まりではありません。東日本大震災の被災者支援に取り組もうと考えたのが、この会のきっかけです。しかしながら、宮城、岩手の被災者の支援には残念ながら手が回らず、その前に大きく立ちはだかる放射能汚染の問題と格闘することになりました。
   福島大会では、原水禁事務局等が作成した2種類の署名が配られました。ひとつは、反原発・脱原発に関するもの、いまひとつは、福島を中心とする原発被災者の補償を求める内容のものでした。問題の性質上、2つの課題が区別されることは、ある程度しかたのないことかもしれません。しかしながら、原子力災害が現実のものとなり、現在進行中であることを鑑みれば、第一義的に被災者の救済が叫ばれ、取り組まれるべきではないか、被災者救済を訴えない反原発・脱原発運動などありうるのだろうか、という疑問もまたふつふつとわき起こってきます。
  長年、原発問題に取り組んでこられた作家の鎌田慧さんが講演されましたが、鎌田さんたちが呼びかけている、9月に東京で開催予定の5万人集会のスローガン(要請事項)にも、現実の原子力災害犠牲者への補償については、何も触れられていません。
  あくまでも私見ですが、原発被災者救済を同時に求めない反原発・脱原発のスローガンは、少なくとも、被災現地の住民のハートには届かないと思います。
  さらに言えば、原発被災者や放射能汚染の犠牲者に対する徹底した補償をかちとることこそ、政府や東電を追い詰め、原発が勘定に合わないことをはっきりさせる、真の脱原発の近道ではないか、と私は考えています。

  前日の30日には、元飯舘村社会福祉協議会職員、現飯舘村臨時職員の佐藤拓未さんに、宿舎まで手配していただき、お世話になりました。飯舘村の現状などを聞くことができ、住民避難の実質的な責任者である農林土木係長 高橋祐一さんとも引き合わせていただきました。
  31日は、私たちの福島での活動を支えて下さっている社会福祉法人シャロームの渡邉興旨さん、吉野裕之さんがお相手して下さいました。

  5月末の訪問時にお世話になった飯舘村の佐藤健太さんが、飯舘村代表で、前段の県民集会で発言をされていました。昨日のブログで紹介した福島のお母さんの気持ちと似た、怒りや苦しみを整理できない心情を吐露されていました。このたびは、ちゃんとごあいさつができず、失礼しました。

  福島大会閉会後、京都の知人に話しかけられ、先に述べたような内容で、かなりエキサイトしてしまい、現地のみなさんにはご迷惑をおかけしました。すみません。

陸奥のしのぶ文字摺誰ゆゑに乱れそめにし我ならなくに

  特に、ロビーの隅で、大勢のマスコミから取材を受けていた佐藤健太さん、たぶん、かなりうるさかったと思います。ごめんなさい。(滝澤)

まるで傘の写真みたいですが、中央で発言しているのが佐藤健太さんです。3回福島を訪ねて、3回とも雨・・・。
  

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